我ら結社・創造

空前絶後の法大非公認サークル、結社・創造です。

その笑顔から目を逸らす。

(結社・日替わりブログ第七回)

 

金曜日。僕にとってなんだかんだと忙しい水曜木曜を乗り切って、次の日。その日は寝不足で朝から猛烈に体調を崩していた。二時間目のオンラインの英語の授業でせんせいに顔色の悪さを弄られた後、昼飯を食う間もなくベッドに倒れこみ、そのまま寝て何時だかに一瞬起きて体調のクソさを再確認して寝てもう一回起きたらもうお外が真っ暗で、みたいな、そんな日。軽く食事をとって筋トレして風呂に入って出てみたいな一連の流れをこなしてちょうど一休みしていた時に、僕の携帯にふいに電話がかかってきた。地元にいたころ、片思いをしていた女の子から。

 

僕はその子のことが好きだった。滅茶苦茶。マジで。確か、親しくなったのは小6のころだった気がする。出席番号が並びだったから、何回か隣の席になったのを覚えている。当時僕は某カゲプロが好きで、その子もソレにハマってた、っていう経緯で仲良くなった、そんな感じだったと思う。当時それほどジメジメしていなかった僕は、仲のいい友達にわりかし積極的に某カゲプロを布教したりしていた。その子も同じようなことをしていた。で、この二つのグループが合体して仲良しグループが出来上がった、そんなかんじだったと思う。僕はその中で男子と大騒ぎしているほうが楽しい小学生男子をやっていた。その子とも前半はちょくちょく遊んでいた記憶がある。後半になると、僕が生徒会長になって放課後遊びに出れない日ができたり、その子が中学受験の勉強を始めたりで多少疎遠になったけれど、それでもクラスが同じだったから交流自体は続いた。多分、この頃から僕はその子のことが好きだったんだろうな、と今は考えている。何もわかっていない小学生なりに。たぶん。そんな感情を持ったまま、結局その子は中学受験に成功して、一度そこで疎遠になった。卒業式に二人で写真を撮ろうといわれて、その子の母親にツーショットを取ってもらったのが、たぶんその子との小学生時代最後の思い出だったはず。

 

中学生時代も、中学受験をしたその子だけがいないグループで引き続き遊んでいた。某カゲプロ限りでオタクを卒業・回避したやつもいれば、どんどん深みにはまっていく僕みたいなのもいたが、おおむね皆仲が良かったと思う。皆部活とかも全然違ったのに。今考えればちょっと不思議だけど、そんな感じだった。一部の運動部のキラキラした人間たちが恋愛を始めているのを見て、僕は漠然とその子のことを好きだなぁと考えていたと思う。誰一人にも言わなかったけど、たぶんこの時にははっきり自覚していた。ばれてたのかどうかとかは知らん。そんな感じで何となく二年間を過ごして、三年目。未来も何も見えなくて、進路だのなんだのが全然わからなかった僕は、結局自分の適性学力より少し上くらいの私立高校を志望した。結論から言うと僕の片思いの相手であるその子はその高校の中等部に通っていたのだが、僕はそれを知らなかった。その子に片思いをしていた僕は、その子がどの中学に行ったのか、ついぞ聞くことができなかったからである。わたしはその子が自分の志望校にいることを、友達の指摘で初めて知った。散々からかわれたのを覚えている。恥ずかしかった。図星だから。

 

 結局、僕は何事もなく高校に合格した。高校に受かってから入学するまでの間に、僕はその子に同じ学校に行くことになったという旨を伝えていたため、久方ぶりの再開は始業式になった。その子は式終わりにLINEで僕がどの教室にいるのかを聞いて、それからその子の友達と一緒に遊びに来た。久方ぶりに会うその子の身長を、僕の身長は優に超えていた。昔見上げていた人間を、いつの間にか見下ろしていた。腕を伸ばして手首を直角に曲げ、身長のびたなぁ、と呟いたその子のことを記憶している。それから暫くは、たまに遊んだり学食で一緒に食事をとったりしていたと思う。その子はオタクを卒業していて、僕は深みにはまっていたけど。そんな僕にその子は、背は伸びても変わらんなぁ、と笑いかけてきた。多分、自分の片思いを自覚したうえでその子と一番楽しく過ごせていたのはこの頃だったんじゃないかな、と思う。

 

転機は高2の梅雨ごろというか、6月頃だったと思う。昼休みに廊下でばったり会ったその子の友達————始業式にその子と一緒に僕の教室に遊びに来た女の子の口から、僕が片思いをしていたその子に彼氏ができた、という話を聞いた。彼女が僕の恋心を知っていたのかはわからない。わからないことだらけだった。僕はその言葉に対して、ふーん、と一言だけ返して、話を切り上げてその場を去った。そのまま午後の授業に身が入らないまま過ごして、帰り道で泣いたのをはっきりと覚えている。泣きっ面で電車に乗る勇気が出なくて、電車の高架沿いに沿って何駅か歩いたのをはっきりと覚えている。僕は、その日からその子のことを避け始めた。僕は、その日から高校を卒業して浪人して大学に入るまで、高校時代まで気になる人間が存在しなかったかのように振舞った。ダッサ。僕は僕を軽蔑しながら、ついにそういう態度を変えなかった。

 

 名前で僕を呼ぶのをやめてほしかった。ほかの人間のことは名字で呼ぶくせに、なんで僕を名前で呼ぶのか理解できなかった。笑いながらまた遊ぼうと声をかけるのをやめてほしかった。僕には女心はあまりわからないけれど。多分、その子自身は僕の感情に気づいていなかったからそういうことが言えたんだと思うけど、それでも僕の心は痛かった。僕は彼女と話したいと思っていたし、また遊びたいとも思っていたけど、同時に二度と僕に向けた笑顔を見たくないとも思っていた。心が痛かった。僕は次第に同じクラスにできた仲のいい友達を優先するようになり、三年生になるころには廊下でばったり、以外の理由でその子の顔を見ることはなくなった。それでもまだ、僕は高校を卒業するまでその子に対する恋心を捨てられていなかった。その子のことを明確に忘れようと思った卒業式のその日まで。

 

 「○○(私の下の名前)! 久しぶり! 今日ばったり△△(私の小中の悪友の苗字)と会ってんけどさ、今度小学生の時のメンバーで食事行かんって話になってんけど、○○も来ん?」

 

 金曜日、かかってきた電話はこういう内容だった。多分一言一句間違ってない。浪人中に治したつもりであった傷は、この時を以て再び開かれた。なんのことはない、僕が断ち切ったと思っていたものを、ずっと引き摺っていたことに気が付いただけの話だ。叫びそうになった。泣きそうになった。吐きそうになったし、一周回って笑いそうにもなった。でも結局、どれも僕の行動として伴わなかった。僕は努めて平静を装い、そして言葉を嘔吐した。

 

「ごめん、俺今東京にいるんよ。流石に行けんからそっちだけで楽しんでくれ」

 

7年の片思いの相手は、残念そうにしてから電話を切った。携帯から音が聞こえなくなってしばらくしてから、僕は初めて涙を流すことができた。一通り涙を流した後、涙をぬぐった手でスマートフォンの画面を叩き、トーク履歴を消して、それからその子をブロックした。もう二度と思い出したくない、そう思い込むために。

 

 

作、焼跡紡錘茸